隣は馬小屋
2008年 10月 20日
30頭以上の馬たちがこの建物の2階と地下で暮らしている。マンハッタンでは馬たちもアパート暮らしだ。
しかし、この大都会のニューヨークで馬小屋(stable)の隣に住むとは思ってもみなかった。
ここの馬たちの散歩の場所はセントラルパーク。馬たちは交通標識に従って、一方通行を守りながらセントラルパークまで行く。ここら辺では馬が信号待ちしていても誰も驚かない。(馬たちには勿論人が乗っている。)
朝犬の散歩にセントラルパークへ向かうと、散歩から帰ってくる馬たちとすれ違う。そのうち毎日のように会うここのオーナーと顔見知りになった。いつも“Good morning"と丁寧に馬上から挨拶される。一度だけ、声も出せないほど寒い、凍てつく真冬の朝、帽子のつばに手をやっただけの挨拶のときがあった。こちらも手を上げて答えた。たまにセントラルパークで出会っても、高い馬上の彼の方が先に気付いて声を掛けてくれた。
セントラルパークにはBridle Pathという馬用の土の道がある。ここを馬たちはパッカパッカと気持ちよさそうに歩く。人が少ないところでは走らせていることもある。セントラルパークで馬たちが散歩しているのを見るのは楽しいものだ。
唯一の悩みはうちの犬ココが馬糞が好物であること。ある朝、セントラルパークでココを放してやると、Bridle Pathの馬糞目指してまっしぐら。Bridle Pathは犬を放してはいけない場所なので、慌ててリードをつけて連れ戻した。一度寒い冬の日に、ココが凍った馬糞の塊に食らいついたことがあった。こんな塊を咥えて歩かれたらたまらない。放させようとフン闘して、手袋が馬糞まみれになってしまった。
ここでは馬は日常の風物の一つだった。馬に会わない日はなかった。
それが、去年の4月、この乗馬学校がCloseしてしまった。新聞でも大きく取り上げられた。115年も続いたマンハッタンで唯一の乗馬学校だったのだ。セントラルパークで乗馬を楽しむことができるのはここだけだった。閉校の理由は維持していけなくなったということらしい。セントラルパークのBridle Pathが混み合ってきて馬が通るのは危険だとか、Bridle Pathが馬が歩くように整備されていなくて馬にとって危険、ということも書いてあった。でも本来Bridle Pathは馬用の道のはずだ。
Closeの日の夕方、隣の建物には人だかりがしていた。泣いている人たちも何人かいた。私も悲しかった。
翌日の光景は忘れられない。馬の運搬車がたくさん連なって停まっていた。89丁目の通りだけでは足りなくてコロンバス・アベニューまで連なっている。何とも悲しい光景だった。
馬たちの多くはメリーランドの牧場に行き、あとはイエール大学や個人に引き取られたとのこと。オーナーのポールもメリーランドへ行ってしまったのだろうか。(皮肉なことに閉校の新聞記事でオーナーの名前を知った。)せめてもの慰めは馬たちが都会のせまいアパート暮らしから抜け出して、広い牧場でのびのびと暮らしているということだ。
今ではセントラルパークで馬に会うことはめったになくなってしまった。たまに会うのは警察の馬か、遠くから車で連れて来られた馬だ。隣の建物は改修工事が続いている。外側のレンガはそのままにして中だけ掘り返している。何になるのかはわからない。100年分の馬の匂いが染み付いているから大変だろう。
セントラルパークで馬に出会うと、馬もセントラルパークもより美しく感じたものだった。
セントラルパークのBridle Pathは、名前だけのものになってしまった。
そう言えば、セントラルパークで他に馬と言えば、観光用の馬車がありました。セントラルパークの南側の道路にはいつも馬車がたくさん待機しています。